
津軽の雪
こな雪
つぶ雪
わた雪
みづ雪
かた雪
ざらめ雪
こほり雪
(東奥年鑑より)
これは太宰の「津軽」の巻頭のことばである。
東奥年鑑による、降っている雪や積もっている雪についての、ただの分類記事がもとになっている。
しかし、太宰の手によると、なんとも不思議な津軽の雪の風景に変わる。さすがというほかない。
新沼謙治がうたう津軽恋女の「津軽には7つの雪が降るとか」というくだりは、作詞家の久仁京介氏によれば、ここからヒントを得たそうである。
津軽海峡冬景色という歌もあるが、富士に月見草ではなく、「津軽には雪が似合う」のかもしれない。
降る雪の一つ一つの形を観察して、スケッチに残した先人の記録がいくつも残っています。
雪を観察して、その形を記録したものが残っている最も古いものは、1500年代になります。スウェーデン人マグヌスの記録です。三日月のような形や、くらげのような形のスケッチが残っています。さまざまな形があることを見つけましたが、一つ一つの結晶の本当の形を見ることができていなかったようです。観察方法が肉眼か虫眼鏡程度だったため、観察の細かさには限界がありました。
雪の結晶の観察が劇的に進むのは1600年代です。ケプラーは遠くの星の観察をするとともに、身近な雪の観察もしたようです。この頃には、遠くを見るための望遠鏡が発明されましたが、近くのものを観察するための顕微鏡も発明されました。顕微鏡の発明は、雪の結晶の観察精度を飛躍的に高めることになります。雪の結晶が六角形であることを最初に記録に残したのは、ケプラーです。なぜ、六角形なのか疑問に思ったようです。